歴代アメリカ大統領の肖像
歴代大統領の肖像は、肖像画家による肖像画が最も一般的なものです。肖像画以外には、石膏によるライフマスクやデスマスクが残る大統領もいます。その後、写真技術の普及の伴い写真が、動画技術の普及に伴い動画映像が主流となり現在に至っています。最近では、モノクロ写真のカラー化、写真を基にしたカラー動画化などにより、架空・空想的な感も否めませんが、昔の大統領の姿を身近に感じられるようになりました。ここでは、時代とともに変遷した歴代大統領の肖像について興味本位に考察します。
【第1章】初代ワシントンから第5代モンローまでの肖像
この5人の大統領の写真はない。肖像画と石膏のライフマスクやデスマスクが残っている。
【1】サンメマンによる初代ワシントン、第2代アダムズ、第3代ジェファソンの肖像
この3人は、フランス人画家シャルル・バルザザール・ジュリアン・フブレ・ドゥ・サンメマン（1770年生・1852年没）による肖像描写機器physiognotraceを使用した、かなり正確といわれる横顔の肖像画が残っている。
なお、第9代ハリソンも、サメマンによる同じ技術による若いころの肖像画が残っている（第2章【3】）。
■初代ワシントンのものは1798年（ワシントン66歳。大統領退任後）に作成された。ワシントンの最期の肖像画でもある。
【出典】リチャード・ケッチャム氏著「ジョージ・ワシントンの世界」（1974年、アメリカン・ヘリテッジ社発行）P.271。
ワシントンの肖像。ニューヨーク・パグリック図書館所蔵。■第2代アダムズのものは1800年ころ（アダムズ65歳。大統領在任中）に作成された。
アダムズ［図版57］。 
アダムズ［図版58］。［記事］シャルル・バルザザール・ジュリアン・フブレ・ドゥ・サンメマンが肖像描写機器を使って作成したアダムズの肖像を通して、私たちは19世紀初頭の彼の真の姿を見ることができる。サンメマンのアダムズの肖像は2点現存する。一つはメトロポリタン美術館蔵のもの［図版57番］、もう一つはニューヨーク市のジョージ・グレイ・ザブリスキー氏及びボストンのミュージアム・オブ・ファイン・アーツ所蔵のもの［図版58番］である。
作者のサンメマンは、1770年フランスのディジョンに生まれ、1797年にアメリカに移住し、フィラデルフィアに居を構えた。彼は、アメリカ人客がもう肖像描写機器の前に坐るのをやめたいと思う暇も与えないほど素早く肖像画を描いた……エドメ・クエンディが肖像描写機器を用いて描いたハワード・C・ライス・ジュニア所蔵の「サンメマンのジェファソンの肖像」の技法は、痛みを伴わず、迅速で、その成果物は正確、精密で、満足のいくものだ。私たちは当時の人物をより身近に見ることができるが、それは写真で見るより生き生きとしているように見える。肖像画はピンク色がかった紙に黒のクレヨンで等身大に描かれている。この技法は1786年にジルルイ・クレティアンが考案した。たちまち、フランス以外の国でも評判となったが、アメリカに最初に持ち込んだのがサンメマンであった。
アダムズの肖像画がいつ作成されたか正確な期日はわかっていないが、彼の大統領在任中いつでも、この肖像描写機器の前に坐る機会は十分にあった。あるいは、大統領時代にフィラデルフィアでそうした機会がなかったとしても、政権末期に郷里のクインジーに帰る道すがらサンメマンのスタジオに立ち寄ることは可能だっただろう。アダムズは日記でも書簡でも、この期日に触れていない。アダムズの肖像は、ジェファソンや他の人びとと同様、小さいサイズで描かれているはずだが、その形跡は残されていない。
サンメマンは、1814年に母国フランスに帰国するまで、合衆国内を転々とし、店をかまえ、肖像画を描き続けた。彼はこの時期、数百点の肖像画を手掛けたが、その大半を小さい版画に縮小した。彼の版画コレクションは、一つのケースに800点以上あったものだったが、それらは現在、プリンストン図書館、ピアポント・モーガン図書館、コーコラン美術館に所蔵されている。しかし、そのどこにも、アダムズの肖像画はない。上述の２点のみが現存するだけだ。フランス国王ルイ18世（1755年生・1824年没。国王在位1814-1824年）は帰国したサンメマンをディジョン美術館の学芸員に任命し、彼は亡くなる1852年までその職にあった。
2点の作品の出所は似通っている。ザブリスキーのものは額に入れられ、古い紙片に「ジョン・アダムズ---パリのサンメマンが肖像描写機器で作成したクレヨン原画。Ｗm・Ｈ・ハンティントンがジョン・ビゲロー閣下に寄贈」と記されている。ジャーナリストで外交官でもあったビゲローが、ハンティントンに最初に出会ったのは1861年、パリでのこと。ハンティントンは、ほぼ一世代の間、ニューヨーク・トリビューン紙のパリ特派員だった人物である。寄贈が行われたのは、最初の出会い以降であることは間違いが、おそらくは、ビゲローが、かつてアダムズも務めた駐フランス公使になった時期と一致していることだろう。ビゲローは、ゆくゆくは友人であるジョン・Ａ・Ｃ・グレイにアダムズの肖像画を譲ることとなる。グレイは現在の所有者の曽祖父にあたる。
他方、メトロポリタン美術館所蔵のものには、古い筆跡で「ジョン・アダムズ---1800年か1801年に肖像描写機器で描かれた合衆国大統領の肖像画」とフランス語で書かれ、あとから「サンメマン」と書いた筆跡がある。この肖像画は、1883年、やはりハンティントンが寄贈しメトロポリタン美術館が所蔵することとなった。ハンティントンは同年パリのロブランという名の版画商から購入したと伝えられている。ロブランは、ジュイニュ男爵と名乗るサンメマン家のメンバーからアダムズの肖像画と他のサンメマンの作品を購入したと主張している。
２点の作品を重ね合わせると、その輪郭線などが一致することから、いずれかが他方の模写であると考えられる。1か所か２か所の特徴点からすると、メトロポリタン美術館のもの［図版57番］がオリジナルで、もう一方［図版58番］が複製である。メトロポリタン美術館のものは、輪郭線に途切れがなく、加筆修正も認められない。ザブリスキー氏のものは、下唇、あご、二重あごが二重線となっており、明らかに書き直している。メトロポリタン美術館のものは、目の前で描いているようで、頭髪、襟、瞳などがおおざっぱである。公平にみると、ザブリスキー氏のものが複写とすれば、画家の経験から、あごのふくらみを部分修正するなど、２回目の描写がみられる。それは、制作者が、販売を期待したか、良い状態にして自分が所蔵しようとしたのであろう。どちらがオリジナルかとの結論は、メトロポリタン美術館所蔵の肖像画が売りに出されるまで、サンメマン一家の手元にあったことからも説明がつくだろう……。
【出典】アンドルー・オリバー氏著「ジョンとアビゲール・アダムズの肖像」（1967年、ハーバード大学出版会発行）PP.119-123。
■第3代ジェファソンのものは1804年11月27日（ジェファソン61歳。大統領第1期4年目）、ワシントンで作成された。
第3代ジェファソンの肖像。ウースター・アート・ミュージアム所蔵。［記事］《技法》サンメマンは、ピンクの水彩絵の具で塗られた縦58.8センチ×横43.2センチの粗い質感の紙に、まず肖像描写機器を使いジェファソンの横顔を描いた。その後、この輪郭線に、灰色の水彩絵の具と白黒のチョークを使って人物の特徴を詳細に描き出した。
《制作者》現存する肖像画にある唯一の銘文は、制作当時のものではない。この肖像画はまぎれもなくサンメマンの作であるが、原画から版を起こした銅版画やジェファソンが所有した原画には制作者の省略した署名が記されている。肖像描写機器の特徴は、この機器を使えば、生き生きとした横顔を描けることにある。
《年譜》ジェファソンは、1804年11月27日、制作者に代金を支払った【デューマス・マローン教授著「ジェファソンとその時代 第１期大統領」（1970年、リトル・ブラウン社発行）P.439の注書きによれば、この代金は29.50ドルであった】。代金は、原画、原画から版を起こした銅版画、銅版画の小さい複製48枚、当時の習慣だった人件費を対象に支払われた。サンメマンは、首都ワシントンのＦ通りにあるデイビッド・シューメーカー家の一室に肖像描写機器を置いて肖像画を描いていたが、第1期大統領の最後の年で大統領再選を果たした61歳のジェファソンは、ほぼ間違いなくこの部屋を訪れ、34歳の制作者の前に坐った。
《歴史》ジェファソンの次女マリアは父親に1804年２月、「サンメマンが首都ワシントンに来たら肖像画を描いてもらうと約束した」ことを思い出させ、その画家が「今月中ごろ」に上京すると伝えた。しかし、サンメマンとジェファソンが会ったのはその年遅くなってからだった【マリア・ジェファソンは肖像画を見ることなく1804年4月に亡くなった】。ジェファソンがこの肖像画を購入していることから、大統領は直後に入手したわけだが、大統領やその家族が所有して以降、歴史家ジョージ・バンクロフトが「重要で、本物のジェファソンの遺品」としてその所有を主張するまでの間、その変遷は分かっていない。19世紀、この肖像画は、歴史家の子息ジョン・チャンドラー・バンクロフトに譲渡され、1901年、同氏がウースター・アート・ミュージアムに貸し出し、同ミュージアムは1954年、ワイルダー・D・バンクロフトの遺産から購入したものである。
《保存状態》1901年以前、ウースターに貸し出されたときには、肖像画の右端には、縦8.9センチ、横3.3センチの長方形の充て紙が貼られた修復跡があった。これは同じ肖像画の右上の縁を切り取ったものである。修復を行った者は、充て紙にジェファソンの弓型の髪の一部を書き入れた。肖像画の右下端には墨鉛で「Tho. Jefferson」と書かれている。
【出典】アルフレッド・ブッシュ氏著「トマス・ジェファソンの肖像」（1987（初版は1962）年、トマス・ジェファソン記念協会発行）PP.51-53。
【2】初代ワシントンの肖像画が未完成のままだった理由
建国の父の穏やかで遠く離れた姿として後世の人々に親しまれるようになったジョージ・ワシントンの肖像画（下左。ボストンのミュージアム・オブ・ファイン・アーツ所蔵）は、残念ながら、老齢、病弱、歯の喪失、そして、悲しみによって彼の顔と表情が大きく変化していた時期に描かれたものである。1796年（ワシントン64歳）、才気あふれるアルコール依存症の画家ギルバート・スチュアートによって描かれたいわゆる「アサニーアム肖像画」 the so-called Athenaeum portraitは、マーサ・ワシントン夫人の注文依頼によるものだったが、スチュアートは、彼女にこの肖像画を渡すことはなかった。彼は、この作品やその他の肖像画を模写し、アメリカの英雄の「複数の肖像画」を販売することで財を成そうとしていた。そして、マーサ夫人から催促の問い合わせがあった際に、事実どおり正直に未完成である旨伝えることができるよう、背景は完成させなかった。実際、彼は、数えきれないほど多くの模写を制作した。スチュアートは冷酷な一面があり、故意に歪んだ口元を誇張して描いていた（スチュアートによると、モデルは「（新しい）入れ歯を入れたばかりだった」という）。かわいそうなマーサ夫人は粗悪な複製しか手に入れられず、そのため彼女はこの画家を決して許さなかった。ワシントンの様々な肖像画について率直な意見を求められると「ウードンの胸像を最初に描き、次に私は、彼の頭部を描いた」と応えた。ウードンの作品は口元の歪みがなかったと認めつつも、ふてぶてしく「当時の彼の姿が欲しかった」と付け加えた。フィラデルフィアのペレス・モートン夫人【ペレス・モートンは法律家・政治家で、その夫人でこの肖像画のサラ・A・モートンはアメリカの詩人】の肖像画もスチュアートの作品である（下右。デラウエア州のビンターツール・ミュージアム所蔵）。モートン夫人がワシントンを公然と称賛していることに憤慨したスチュアートは、彼女が手首の宝石に触れるのを、陰鬱で影のような大統領の胸像が非難するかのように見ている様子を描いている。この想像上の胸像では、スチュアートは、彼が描いた肖像画以上にワシントンの口の形を残酷に歪めている。
【出典】ラルフ・ケッチャム氏著「ジョージ・ワシントンの世界」（1974年、アメリカン・ヘリテッジ社発行）PP.252-253。
［参考］ギルバート・スチュアートのワシントン肖像画
【3】第2代アダムズが絶賛した初代ワシントンの肖像画
第2代アダムズは初代ワシントンの副大統領だった1790年、アメリカの画家エドワード・サベッジ【1761年生・1817年没。マサチュセッツ州出身】に依頼しこの初代ワシントンの肖像画を描かせ、大統領退任後、郷里の自宅に持ち帰り食堂に飾った。アダムズはこの肖像画が最も優れていると考えた。サベッジが描いたある肖像画の裏側には請求書が貼られてあり、そこにはアダムズが「46と3分の2ドル」を支払ったと記載されている。
【出典】アメリカン・ヘリテッジ社「写真で綴る歴代大統領」（1968年発行）第１巻P.56。ジャック・シェファード氏著「アダムズ家の年代記」（1975年、リトル・ブラウン社発行）P.158。
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【4】第4代マディソンの肖像画
アメリカの画家ジェームズ・ウッド（1778年生・1830年没）は、1817年、第4代マディソン（マディソン66歳。大統領退任の年）を描いた。マディソン夫人の長年の親友エライザ・コリンズ・リー夫人はこの肖像画を見て「あなたの愛する旦那さんの肖像画はまるで息をしているようで、これが描かれた瞬間の彼の穏やかな感情を良く表しています。つまり、これは、彼自身です」と驚きの声を上げた。
第4代マディソンの肖像画。バージニア歴史協会所蔵。【出典】ラルフ・ケッチャム氏著「ジェ－ムズ・マデイソン」（1990年、バージニア大学出版会発行）PP.370-371・P.611。
【5】第5代モンローの肖像画
アメリカの画家チェスター・ハーディング（1792年生・1866年没。マサチュセッツ州出身）は、1829年、第5代モンロー（モンロー71歳。大統領退任後）の肖像画を描いた。この肖像画は、同時代のモンローの描写と合致しており、モンローに最も似ていると考えられている。
第5代モンローの肖像画。全国肖像画博物館所蔵。【出典】ハリー・アモン氏著「ジェームズ・モンロー」（1990年、バージニア大学出版会発）P.288-289【この肖像画は個人蔵とある】。
【6】ライフマスクとデスマスク
■ライフマスクが残る大統領
初代ワシントン、第2代アダムズ（90歳）、第3代ジェファソン（82歳）、第6代アダムズ（58歳）、第4代マディソン（74歳）。
第8代バンビュレン（51歳）、第16代リンカン、第31代フーバー（1919年、45歳）。
■デスマスクが残る大統領
第5代モンロー、第10代タイラー、第18代グラント、第20代ガーフィールド、第26代マッキンリー、第26代ローズベルト。
【出典】チャールズ・ハーツ氏著「ブラウワーのアメリカ偉人のライフマスク」（1899年、ダブルデイ・アンド・マクルーア社発行）
［記事］ライフマスクの石膏取りのとき窒息しそうになった第3代ジェファソン
ジェファソン氏の体力が高齢で衰弱しているなか、美術家のブラウワーがジェファソン氏の頭部を石膏で型取りするためニューヨークから【ジェファソンの私邸】モンティセロにやって来た。ジェファソン氏はとても気が進まなかったし、それにも増して家族も反対の意向であった。しかし、最終的にジェファソン氏は遠路はるばるやって来た男のわずかばかりの好意を無にすることは考えられないと言って型取りに応じることに同意した。1825年10月15日いよいよ作業当日、彼は自身の前に置かれた椅子を片手で握る姿勢でソファに座った。事故が起こるなどとは夢想だにせず家族は彼の顔に石膏が塗られる様子を見るに耐えず作業中の部屋をあとにしたので、部屋には美術家以外には、彼の忠実な奉公人コルバート・バーウェルだけがいるだけだった。石膏で顔を覆う準備をする際に呼吸の確保に手違いがありジェファソン氏は窒息しそうになった。彼は起き上がったり息苦しさを自ら軽減するには体力がなかった。必死でもがいたが、当の美術家は気がつかなかったか無視したのだった。もがき苦しみながら遂に彼は腕を置いている椅子で何とかしようとした。できる限りの力で椅子を持ち上げ床に投げつけた。バーウェルがやっとその状況に気づき大慌てで顔から石膏を外した。美術家は即座にその石膏を粉々にした。バーウェルは主人を両腕で抱きかかえ、美術家に危害を及ぼすつもりがあるように荒々しく睨み付けていたので、ブラウアーは、騒ぎを聞きつけその部屋に家族が駆けつけたのを幸運に思った。ブラウアーは粉々になった石膏を拾い集め持ち帰ることを許された。しかし、その後美術家がどのようにしてその石膏を修復し高齢で痩せ細り窒息しそうになって身もだえするジェファソン氏の容貌を表現しようとしたかについて我々は知るすべはない。
【出典】ヘンリー・ランダル氏著「トマス・ジェファソンの生涯」（1858年、ダービー・アンド・ジャクソン社発行）第3巻P.540。
【第2章】写真の登場：第6代アダムズ以降の肖像
ここでは、第6代アダムズ以降、19世紀の大統領について見る。第6代アダムズ、第7代ジャクソン、第8代バンビューレンの3人は大統領退任後に撮影された。第9代ハリソンは現職大統領として初めて写真に収まった。
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【1】第６代アダムズの肖像写真
【出典】アンドルー・オリバー氏著「ジョン・クインジー・アダムズ夫妻の肖像」（1970年、ハーバード大学出版会）PP.281-302。
1839年、アダムズがしばしば言及した「がらくた」肖像画リスト“Rubbish” list of portraits【下表】をまとめた年、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールは、パリで開催された科学アカデミーと美術アカデミーの公開会議で、革命的な発見と発明、すなわち、最初の実用的な写真技法を発表した。瞬く間に彼の名は広く知られるようになった。ダゲレオタイプは、無論写真の一種であるが、特殊な種類のもので、化学的に処理された銅板に独特の印影を焼き付け、その結果、反転した「鏡像」を作り出す。一世代前、丁寧にポーズを決めた家族のダゲレオタイプ写真を、金枠で縁どられた小さなベルベットのケースに収めて保存していることを自慢できない家庭があっただろうか。ジョン・クインジー・アダムズは、他の多くの人々と同様に、新しいカメラの前で頻繁にモデルとなった。以下はその解説である。
［凡例］①本稿以降に発見されたアダムズの肖像写真を【補遺】として掲載した。②石版画の説明は割愛した。
■プランブの「ダゲリアン・ギャラリー」
アダムズが初めてダゲレオタイプ写真を経験したのは、1842年にボストンのジョン・プランブ・ジュニアJohn Plumbe Jr.の「ダゲリアン・ギャラリー」を訪れ、「私の写真を撮ってもらった」ときだった。
「彼らはすぐに私を家の屋上に案内した。そこには円形の家屋風のものが建っており、温室にあるような窓と太陽光を取り込むためのドアが付いていた。私は、太陽光が顔の横に斜めに当たるようにして長椅子の隅に座った。小さな望遠鏡【様の筒の付いた箱】がまっすぐ私に向けられ、【その箱の】反対側には同じ角度で鏡があった。望遠鏡には錫か金属の板が取り付けられおり、その金属板に写実的な印影が刻まれる。1枚の印影を撮るのに2分もかからないが、その間私は、頭を動かさず、一点をじっと見つめた。彼らは私を1時間半ほどそこに留め置き、7枚か8枚の印影を撮ったが、そのすべての機会に眠気が襲ってきて、2分間ずっと目を開けていることが全く不可能だった。私がうたた寝すると、絵the pictureは眠っていた。私は絶望して諦めた。印影がどのように板上に写るのか（あるいは）板に現れるのか、私にはまったく理解できない」（1842年9月27日の日記）。
［参考図版］ダゲレオタイプ写真機の一例。4年後、アダムズは同じ目的で、首都ワシントンのペンシルベニア通りにあるコンサートホール内のプランブのギャラリーを何度か訪れた。2月には正面と横顔をそれぞれ1枚ずつ撮影され、「大成功」だった（1846年2月16日の日記）。さらに後日、エイベル・ショーク氏なる人物がプランブのギャラリーで改良された機械を使い、さらに肖像写真を撮影し、1枚を贈り物としてアダムズに送った。1846年6月、同じ場所で「シンシナティ出身のスウェーデン人、ウィリアムズ氏」がアダムズのダゲレオタイプ肖像写真を撮影した（1846年6月16日の日記）。1か月後、記録に残る最後のプランブ訪問には画家のヒーリーがアダムズに同行していたが、結果は「どちらも非常に平凡」だったと述べている。このときアダムズは、ヒーリーが、ウエブスターが【1830年、保護関税を巡る連邦議会での討論で】ヘインに返答する様子を描いた油絵にアダムズを描き入れたいと望んでいたことに言及しており（1846年7月20日の日記）、ヒーリーがモデルにしたのは、おそらくこれらの「平凡」な肖像写真の1枚だったと思われる。
しかし、私は、プランブが撮影したものと同一とみなせるダゲレオタイプまたはその複製を発見することはできなかった。
【補遺】プランブ撮影とされるアダムズの肖像写真2態。左の写真に関するInstagramはこちら。
■フィリップ・ハース
1843年3月、アダムズは、ワシントンにあるフィリップ・ハースの店を初めて訪れた。ハースは、「彼の写真機camera obscuraで私のダゲレオタイプ肖像写真を3枚撮影した。作業は30秒で終わるが、私にはまだ全く理解できない」。ハースは、「水銀、銀、金、ヨウ素を使った化学反応である」と説明した。アダムズは、「鏡の映像から静止肖像画を焼き付けるのは簡単そうに見えるが、子供のころからそれに習熟していなければ、その鏡像自体どれほど素晴らしいものになるだろうか」と述べた。数日後、深い雪の中を、彼は朝9時にハースの店に歩いて行った。「毛糸の裏地付き手袋をはめた手は、寒さでひどく凍えていた。そこで、同じく写真撮影の目的で来所していたホレース・エベレット【1779年生・1851年没。バーモント州選出下院議員＝1829-1843年。フィルモア政権の国務長官エドワード・エベレットといとこ】を見つけた。ハースは彼を一度【撮影場所に】連れ出し、その後、彼の同意を得て私を三度連れて出した。彼は、2回目は非常に良かったと言った。というのも、この作業は繊細であるから、知覚できない事故が多く発生し、３回のうち少なくとも2回は失敗する」（1843年3月8日、3月16日の日記）。
翌年の5月、アダムズは画家ラムディン【ジェームズ・ラムディン。1807年生・1889年没】の依頼でハースのスタジオを数回訪れ、様々なポーズを撮らせた（1843年5月）。ハースが撮影したアダムズのダゲレオタイプ写真の1枚（図版127）は、正確な撮影年は不明だが、おそらく1843年に撮影されたもので、後にボストン・アサーニアムのジョン・クインジー・アダムズ著作目録Catalogue of John Quincy Adam’s Booksに掲載された（同目録P.41）。
図版127。フィリップ・ハース撮影。■アルバート・サンズ・サウスワース
アダムズのダゲレオタイプ写真の中でも最も印象的で、おそらく最もよく知られているのが、ボストンのダゲレオタイプ写真師アルバート・サンズ・サウスワースが撮影したもので、メトロポリタン美術館所蔵のものである（図版130）。奇妙なことに、アダムズはサウスワースに撮影されたことに言及していないことから、この肖像写真の撮影期日の正確なところは分かっていない。
撮影者は「同僚の大多数が好む、従来の堅苦しいポーズとはかけ離れた肖像画を制作した」、「ジョン・クインジー・アダムズの自宅を訪れ、暖炉のそばに座り、本が散らばった彼の姿を自然体な雰囲気で、ダゲレオタイプで撮影した」と主張した。今となっては、写真に写る椅子、テーブル、ランプ、カーペット、さらにはマントルピースさえも、【マサチュセッツ州】クインシーの【アダムズ私邸】オールドハウスでは見つからないが、マントルピースは何年も前に取り外され、交換されたことが知られており、1世紀以上の時を経て他の品々も散逸しているのも不思議ではない。
図版130はアダムズの生涯の最期の1年ほどに撮影されたと一般に考えられてきたが、1843年にハースが制作した石版画と比較すると、図版130の方がハースのものより古いことが示唆される。双方の肖像の類似性は、1843年の夏、あるいは、それ以前の時期、アダムズがクインシーに滞在していた際に、サウスワースが彼の「模範」を撮影し、おそらく同じポーズのものが複数撮影され、アダムズがワシントンに戻った際にそのうちの1枚を持ち帰ったと仮定することで説明できる。ハースが当時その写真を見て、その特徴の一部を自身が撮影したアダムズのダゲレオタイプ写真の1枚と組み合わせ、石版画を制作した可能性も十分に考えられる。いずれにせよ、状況から判断すると、サウスワースの肖像画はアダムズが1843年5月から10月にかけてクインシーに滞在していた間に撮影されたと考えられる。
正確な制作年が何年であろうと、サウスワースの肖像画は傑作と言えるだろう。老齢ながらもなお精力的に活動していた「雄弁な老人」の立派な姿をとらえている。
図版130。サウスワース撮影。【補遺】図版130と同じ機会に撮影されたアダムズの肖像写真。
■ウエスト氏
ウエストなる人物について知り得るのは、アダムズの1843年4月29日の日記の冒頭部分がそのすべてである。「夏の暑さ、倦怠感、そして、76歳。今朝、ペンシルベニア通りとルイジアナ通りの交差点まで歩き、ダゲレオタイプ肖像写真2枚を撮るためにウエスト氏のモデルになった。彼は、そのうち1枚をデイビッド・L・チャイルド【1794年生・1874年没。アメリカのジャーナリスト】のために、もう1枚は彼自身のために撮影した。私はどちらも見ていないし、見たい気にもならなかった。それらは現実に瓜二つなのに、あまりにも朧気で好みに合わない。私はかつて、同じ部屋でチャールズ氏【S・M・チャールズ。画家。複数回アダムズの肖像画制作を手掛けたが作品は現存していない。その作品に満足しないアダムズの感想が残る】によって肖像画を描かれたことがある。チャイルドは今朝、テキサス革命に関するパンフレットを持って首都を発ったが、リンチの危機を冒したと聞いている。そのパンフレットは奴隷制度廃止論の匂いがする」。この肖像写真は現存していない。
■チャールズ・G・ページ
新たに発明された写真撮影は、旧来の肖像画よりも急速に普及し、とりわけアダムズは被写体として最も人気があった。1843年5月【1日月曜日】、彼はこう記している。「私は、ダゲレオタイプ写真師のページ氏から、【4月29日】土曜日に撮影した写真に満足できなかったので、本日もう一度来てほしいとの短信を受け取った。私はその依頼を受けて二度訪問し、彼は二度私の写真を撮ったが、どちらも余りうまくいかなかった。あるとき、彼とウエスト氏が並んで設置した2台の写真機camera obscuraで、まるで2つの異なる屈折角で顔を写すかのように、一度のポーズで2枚の私の写真を撮影した」。いずれの写真も発見されていない。
■シャドー・ショップ
ニューヨーク州ユーティカは、アダムズの甥アレグザンダー・ブライアン・ジョンソン【1786年生・1867年没。英国生まれのアメリカの哲学者。アダムズの弟チャールズの二女アビガゲイル（1798年生・1836年没）と結婚】の第二の故郷であり、忠実な支持者もいたため、アダムズが1843年夏にナイアガラ瀑布を訪れた際、主要な立ち寄り場所となった。エゼキエル・ベーコン判事率いる委員会の後援を受け温かい歓迎を受けた。アダムズはジョンソン氏の家へ戻る途中「立ち寄ってダゲレオタイプで私の肖像写真を4枚撮影した。そのうち2枚は、ベーコン氏と一緒に写った。どれも酷かった」と記録している。翌日には「今朝7時にベーコン氏が来て、私と一緒にシャドー・ショップへ行った。そこでダゲレオタイプでさらに3枚の私の肖像写真が撮影されたが、昨日のものより良くはなかった。あまりにも本人に忠実すぎる」と記している（1843年8月1日および2日）。いずれの写真も現存していない。
■アンソニー・エドワーズ社
アダムズは1844年、ワシントンで次のように書いている。「私は1時間ほど時間を割いて、ダゲレオタイプ肖像写真を撮影した」。彼は、数日前と同じように、J・M・エドワーズの部屋でこの撮影を行った。エドワーズは同僚のエドワード・アンソニーとともに、軍事委員会室を写真撮影用に使用していた。その写真撮影は【画家】ラムディン氏【ジェームズ・ラムディン。1807年生・1889年没。】の要請で、エドワーズとアンソニーを通じて再び行われた。「J・M・エドワーズとアンソニーの要請で、私は彼らの部屋でポーズをとったが、彼らは、以前よりも大きなダゲレオタイプ肖像写真を3枚撮影した。私がそこにいる間に、【第10代】タイラー大統領と息子のジョン【1819年生・1896年没。当時25歳】が入ってきたが、私は彼らに気づかなかった」（1844年3月14日、4月12日の日記）。写真は疑いなく流行していた！
1年後、「議事堂から出てきたところで、ダゲレオタイプ写真師エドワーズ氏に出会った。彼は私を委員会室に招き入れ、最近撮影した肖像写真をいくつか見せてくれた。その中には、新大統領ポークの肖像写真が2枚あった。1枚はもう1枚を縮小し胸ピンで留められており、ポーク夫人のために特注されたものだった」（1845年3月27日の日記）。数週間後、ニューヨークで、「ダゲレオタイプ写真師で収集家のアンソニー氏の同僚であるJ・M・エドワーズ氏が私を訪ね、数百点に及ぶあらゆる著名人のコレクションを展示している彼の施設に招待してくれた。彼は私に、アンソニー氏が我が国の著名人のコレクションを帯同してイギリスに渡って展示し、その後、ヨーロッパの著名人の同様のコレクションを調達して帰国し、ここで展示する予定であると述べた」（1845年5月2日の日記）。
ニューヨークにあったアンソニーとエドワーズのダゲレオタイプ・コレクションは、国立ダゲレオタイプ・ミニチュア・ギャラリーとなったが、後にダニエル・E・ガビット【1819年生・1875年没。アメリカの写真師】の所有となった。ジョン・クインジー・アダムズの肖像写真を唯一の例外として、コレクション全体は、1852年2月7日の火災で焼失した。その時の状況がサミュエル・ドワイト・ハンフリー【1823年生・1883年没】によって次のように記録されている（ハンフリーズ・ジャーナル1852年第4巻P.12。ビューモント・ニューホール著「アメリカのダゲレオタイプ」（1976年発行）P.80より引用）。「翌日、数人の紳士たちが、灰、石炭、溶けたガラス、真鍮、銅、銀の塊と化した廃墟を見渡していた時、「ここに完璧な作品が残っているぞ」と叫ぶ声に皆が驚いた。そして、その場にいた全員の幸福感をさらに高めたのは、それがジョン・クインジー・アダムズの肖像写真であることがすぐ分かったことだった。アダムズ自身と同じように純粋で汚れのない肖像写真だった。このときの熱狂は、言葉では表現しきれない。この廃墟でこの完全な肖像写真が発見されたこと以上に驚くことが仮にあるとしたなら、それは、あの善良な人物、我が国の現職下院議員本人がここに現れる以外にはあり得なかった」。
■ウィリアム・A・プラット
アダムズの日記には1846年にプラットについて一節しか記されていない。「この日、下院の郵便施設および道路委員会の委員会室において、写真師のウィリアム・A・プラット氏が私の写真を撮った。彼は3回目の試みでまずまず成功した。1回目と2回目は失敗に終わった」（1846年6月19日の日記）。この写真も現存していない。
■マシュー・B・ブレイディ
南北戦争を撮影した写真師として高名なブレイディは、ウィリアム・ページとサミュエル・F・B・モースに師事し、画家兼石版画家としてその経歴を始めた。彼がいつアダムズを撮影したかは不明で、アダムズの日記にもその出来事は記されていない。ブレイディは1844年にニューヨークにダゲリアン・ギャラリーを開設し、その後しばらくして、おそらく1847年に、現存するアダムズの肖像の中で最も共感を呼び、心を打つ肖像の一つを撮影した（図版135）。推定撮影年である1847年を受け入れるのは難しくない。なぜなら、アダムズは、脳卒中後に描かれたパウエルの最期の肖像画で見事に表現された、老人の疲れと不安に満ちた表情を呈しているからである。複製過程でネガが反転しており（写真術の黎明期には珍しくなかった）、オリジナルの写真では上衣の合わせが本来の姿と逆になっているのが見える。
図版135。マシュー・ブレイディ撮影。上衣の合わせが逆なので鏡像と思われる。［参考］図版135を上衣の正しい合わせの姿に修正。
【補遺】第６代アダムズの上記以外のものとしてSNSで公開されている写真4態。アダムズのダゲレオタイプ写真を扱うサイトはこちら。
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【2】第7代ジャクソンの肖像写真
【出典】ジェ－ムズ・バーバー氏著「アンドルー・ジャクソン 肖像研究」（1991年、ナショナル・ポートレート・ギャラリーおよびテネシー州立ミュージアム発行）PP.22-23・PP.193-196。
■変化は避けられないものだった。78歳になったジャクソンは、そのことを誰よりも深く理解していた。しかし同時に、未来への懸念は、過去の保存を確実にすることにもあった。近代の写真芸術ほど、こうした古さと新しさの繋がりを如実に表しているものはない。
ダゲレオタイプ写真撮影法は、最初、1830年代後半にフランスで初めて導入され、その後間もなく合衆国でも導入されたが、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールの発明によるものである。この画像は、特殊な化学処理を施した銀メッキの銅板を一定時間、太陽光に当てることで生成される。鏡で見たような像ができる。肖像画の分野では、ある美術史家が次のように述べている。「ダゲレオタイプは、生きている人間に限りなく近い。写真のネガの感光紙さえも介在させない」と。
1845年の春、あるいは、それ以前に、アンドルー・ジャクソンはこの新しい肖像機器を自ら経験した。彼は、写真に納まった、わずかなアメリカ独立革命戦士のうちの一人である。少なくとも、５枚の写真が現存している。５枚には３種類の異なる姿が写っている。その撮影は２回の別個の機会に行われた。これらのうちの1回ないしそれ以上で、少なくとも4人の写真家が関わっている。
［図版164番］作品名「アンドルー・ジャクソン 晩年」。トマス・ドーニー（1844-1849年に活動）縦13.7センチ×横10.5センチ。1845年製。『合衆国マガジン・民主党評論』1845年9月号。首都ワシントンのスミソニアン協会「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」所蔵。最も早く世に出たジャクソンの肖像画は1845年9月、『合衆国マガジンおよび民主党評論』に登場した。ニューヨークのトマス・ドーニーの作になるこの版画の肖像には「アンソニーとエドワーズ社製ダゲレオタイプ写真から」という銘文が刻まれていた。この証明から四分の三を向いた写真には、「【ジャクソンのテネシー州の私邸】ハーミテージ、1845年4月15日」という日付が記されていた［図版164番］。1842年、エドワード・Ｔ・アンソニーはコロンビア大学卒の民間技術者だったが、Ｊ・Ｍ・エドワーズとともに首都ワシントンで２人の名前を冠した写真会社を立ち上げた。アンソニーは、画家で発明家のサミュエル・Ｆ・Ｂ・モースからダゲレオタイプ写真の技術を学び、写真供給事業に参入した1847年まで活動した。アンソニーとエドワーズ社は、開業して間もなく、すべての上院議員の写真を撮影し始めた。1843年、同社はニューヨーク市に移転し、ブロードウェーのスタジオにナショナル・ミニチュア・ギャラリーを開設した。著名なアメリカ人の数百点にも及ぶ写真を展示したそのギャラリーはアメリカ初のものだった。アンソニーは所蔵写真を精力的に集めたので、当然ながら、ジャクソンの写真も所蔵したいと考えた。ナッシュビルに住む富裕な農園主でジャクソンの長年の友人だったアルフレッド・バルチが書いた1845年4月18日付けの書簡によれば、ニューヨークのアンソニー氏という者（おそらくエドワード）がそのときナッシュビルにいて、ジャクソンのダゲレオタイプ写真を「ちょうど撮影した」。バルチは、印象的な肖像写真がジャクソンのほとんど止まない苦痛を特によく現わしていると考えた。
［図版165番］作品名「アンドルー・ジャクソン」。ジャン＝バティスト・アドルフ・ラフォッセ（1810年ころ生・1879年没）によるリトグラフ。縦54.5センチ×横43.5センチ。1856年製。首都ワシントンのスミソニアン協会「ナショナル・ポートレート・ギャラリー」所蔵。
1856年、ニューヨークのグーピル社から大きな１枚もののリトグラフ［図版165番］で、ジャクソンのおなじみの肖像が出版された。ジャン＝バティスト・アドルフ・ラフォッセは、フランス人のリトグラフ製作者でミニチュア画家だが、石版に描いた。リトグラフの下部の余白には、ジャクソンの肖像はマッシュー・ブレイディによるダゲレオタイプ写真をもとに描いたと書かれている。1845年ころ、ブレイディは、1850年に出版されることとなる『著名なアメリカ人の肖像集』のための撮影を始めた。しかし、ブレイディはその誉れ高い生涯の終わり近くに多くのいわれなき主張を受けた。彼がジャクソンの死の直前に肖像の撮影を調整したこともその一つと思われる。しかし、ジャクソンの写真は、おそらく複製だったが、1850年12月にはブレイディのニューヨークのギャラリーに展示されていた。
［図版166番］アンドルー・ジャクソン。アンソニーとエドワーズ社（1842-1847年に活動）によるものと考えられているダゲレオタイプ写真。縦13.9センチ×横10.9センチ。1845年撮影。マサチュセッツ州アマースト大学「ミード・アート・ミュージアム」所蔵。ウィリアム・マクベス株式会社が寄贈。1897年、チャールズ・ヘンリー・ハートは、その論文『アンドルー・ジャクソンの生涯の肖像』の中で、ナッシュビルのダン・アダムズに帰する1枚のダゲレオタイプ写真について説明している。その肖像はアンソニー、エドワーズ、ブレイディのものとされていたものと同一だった。ハートは、ジャクソンの存命の2人の孫、アンドルー・ジャクソン三世大佐【1834年生・1906年没】と姉のレイチェル・ジャクソン・ローレンス【1832年生・1923年没】から多くの情報を得ていた【ジャクソン大統領夫妻には子供がなかった。夫妻は、レイチェル夫人の甥を養子にし、アンドルー・ジャクソン・ジュニアと名付けた。アンドルー三世とレイチェル・ローレンスの姉弟はアンドルー・ジュニアの子供である】。シンシナティのジャクソン大佐はこのダゲレオタイプ写真を所有しており、疑いなくアダムズの作としている。ダニエル・アダムズは1810年、ジャクソンの両親の郷里であるキャリクファーガスから75マイル足らずの北部アイルランド、ストラーベンで生まれた。彼は、アメリカに移住した後、1832年にナッシュビルに着き、彫刻家兼写真家として活躍した。アダムズについては、1885年に亡くなるまでナッシュビルに住んでいたこと以外、ほとんど知られていない。
レイチェル・ジャクソン・ローレンスは、祖父が寝室でこの写真、あるいは、似たような写真を撮ろうとしていたときのことを回想している。「私はこの撮影の様子を鮮明に覚えています、とても興味を惹かれました。祖父は写真を撮ることに強く反対していました。そのとき祖父は大変衰弱していました。私は何枚か古いダゲレオタイプ写真の板ガラスを持っていますが、すべて完全に映像が消えてしまっています」。
この撮影のとき、2人の姉弟はまだ子供だった。1897年は、2人が思い起こした出来事から50年以上が経っていた。２人は、おそらくハーミテージを訪問したであろうダン・アダムズの名前を記憶していたと考えられるが、彼の作品を別のダゲレオタイプ写真家のものと混同していた可能性は十分にある。
ジャクソン大佐が一時所有していた小さいダゲレオタイプ写真は見つかっていない。連邦議会図書館は似ているがより大きい版を所有している。これは、不幸なことに映像が薄くなり、かなり傷ついている。ジャクソンの姿は元の版から採られたコピーを参考に再生されている。最近、同じ姿のかなり鮮明な写真版がアマースト大学の「ミード・アート・ミュージアム」の地下室から発見された［図版166番］。これもジャクソンは右側を向いている。
［図版167番］アンドルー・ジャクソン。アンソニーとエドワーズ社によるものと考えられているダゲレオタイプ写真。縦13.8センチ×横10.8センチ。1845年撮影。首都ワシントンの連邦図書館「印刷・写真部門」所蔵。
［図版168番］アンドルー・ジャクソン。アンソニーとエドワーズ社（間接的にフィラデルフィアのランジェンハイム兄弟）によるものと考えられているダゲレオタイプ写真。縦13.8センチ×横10.8センチ。1845年撮影。個人蔵。
余り公刊されていない横顔のダゲレオタイプ写真２枚が現存する。連邦議会図書館が所蔵する消えかかった版［図版167番］とそれより鮮明な個人蔵の版［図版168番］である。アンソニー、エドワーズ、ブレイディ、アダムズのものと同じ服装で写っており、おそらく同じ機会に撮影されたものである。２番目の写真はジャクソンの衰弱ぶりがより窺える。ジャクソンは暗闇の中に浮かんでいる。背中にあてられた枕は中身が出ているのがはっきりわかる。死の直前何週間、ジャクソンは寝心地悪く横臥していたので、夜な夜なベッドに起き上がったり、何日も心地よいクッションのある椅子に坐った。枕元にはいつも筆記具、聖書、讃美歌集が置かれていた。
個人管理のダゲレオタイプ写真には若干の謎がある。写真版の裏側には、これがランジェンハイムの作品であるとの記述があるが、ランジェンハイムはおそらくウィリアムとフレデリックの兄弟のことで、２人のフィラデルフィアの会社はアメリカで最も初期の写真事業の一つであった。この写真版がどのようにしてランジェンハイムの所有となったかは不明である。おそらく２人によるコピーだったのだろう。しかし、それは、著名な弁護士でジャクソンの熱烈な支持者だったジョン・Ｋ・ケイン【1795年生・1858年没。ペンシルベニア州司法長官＝1845-1846年。ペンシルベニア州東部地区連邦裁判所判事＝1846-1858年】が所蔵していた。ケインはフランスの略奪請求を解決するために任命された政府委員の一人であり、ジャクソンによる合衆国銀行に対する戦いを積極的に支援した。
［図版169番］アンドルー・ジャクソン。ダニエル・アダムズ氏（1810年生・1885年没）によるものと考えられているダゲレオタイプ写真。縦8.3センチ×横7センチ。1845年ころ撮影。ニューヨーク、ローチェスターのジョージ・イーストマン・ハウス所蔵。Ａ・コンガー・グッドイヤー氏が寄贈。
ジャクソンの３番目の肖像写真が現存する。ジャクソンは遠近両用のメガネをかけ、ほぼ正面を向いて写っている［図版169番］。ジャクソンは頭をやや下に向けているからか、このダゲレオタイプ写真ではより強そうに見える。体を支えるクッションや支柱も見当たらない。３番目の写真は、シャツのカラーや胸の飾りや正装の様子からも他の写真とは違う機会に撮影されたものと考えられる。
ローチェスターにあるジョージ・イーストマン・ハウスのインターナショナル・ミュージアム・オブ・アートがこの写真を所蔵している。同所は、チャールズ・ヘンリー・ハーツの論文から得た情報に基づき、これがダニエル・アダムズの撮影になるものと結論付けている。ジャクソンが「ふん！まるで猿じゃぁねえか」と嘆息したのはおそらくこの写真を見てのことだろう。
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【3】第9代ハリソンの肖像
■フランス人画家サンメマンによる下図のハリソンの肖像は、1800年（ハリソン28歳。連邦下院議員時代）に肖像描写機器を用いて作成された。Instagramはこちら。
【図版出典】ロバート・フェリス氏編「歴代大統領」（1977年、内務省発行）P.112。連邦議会図書館所蔵。
■第9代ハリソンはカメラの前に座った最初の現職大統領である。下の写真は、フィラデルフィアの写真師ジュスタス・ムーア氏が、発明から２年ほど経ったダゲレオタイプ写真機を用い、1841年3月、大統領就任間もないハリソン大統領を撮影したもので、現在、メトロポリタン・ミュージアム・オブ・アートが所蔵している。ちなみに、既刊の書籍でこの写真を掲載しているのは唯一、アメリカン・ヘリテッジ社「写真で綴る歴代大統領」（1968年発行）だけである（同書第1巻P.258）。
【4】第10代タイラーの公知の肖像写真
第10代タイラーの写真3態。上2態は大統領時代のもの（上左＝ステファン・ロラント氏著「栄光の重荷 アメリカ大統領制」（1976年、オーサーズエディション社発行PP.168。上右＝カール・S・アンソニー氏著「アメリカの大統領一家」（2000年、サイモン・アンド・シャスター社発行）P.337［W.＆F.ランゲンハイム氏撮影＝ジョージ・イーストマン・ハウス所蔵］。下は晩年のもの（ロラント氏著「栄光の重荷」P.169）。
【5】第12代テーラーの公知の肖像写真
上左＝軍服姿のテーラー。ケンタッキー大学（ケンタッキー州レキシントン）所蔵。上右＝軍服姿のテーラーは娘婿のウィリアム・ブリス中尉と一緒に写る。ブリス中将（1815年生・1853年没）は、テーラーが厚い信頼を寄せた副官で、1848年にテーラーの五女メアリー・エリザベス「ベティ」・テーラーと結婚した。ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵。
軍服姿のテーラー。同じ機会に撮影されたもの。上2態＝シカゴ美術館所蔵。
軍服姿のテーラー。上左＝エール大学（バイネック・レアブック・アンド・マニュスクリプト・ライブラリー）所蔵。
政治家テーラー。上左＝シカゴ歴史協会所蔵。上右＝連邦議会図書館所蔵。
疲労の色濃い大統領テーラー。上左＝エール大学（バイネック・レアブック・アンド・マニュスクリプト・ライブラリー）所蔵。上右はテーラー最期の写真＝メザーブ・クンハート・コレクション所蔵。
テーラーとその内閣。おそらく1849年4月に写真師マシュー・B・ブレイディが撮影。左からウィリアム・メレディス財務長官、トマス・ユーイング内務長官、ジョン・クレイトン国務長官、テーラー大統領（立っている）、ウィリアム・プレストン海軍長官、ジョージ・クロフォード陸軍長官、ジェイコブ・カラマー郵政長官、リバーディー・ジョンソン司法長官。連邦議会図書館所蔵。
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【6】第16代リンカンの肖像写真
■写真を撮られるのが好きだった第16代リンカン The first heavily photographed president in American
history.
チャールズ・ハミルトン氏、ロイド・オステンドルフ氏共著「写真で見るリンカン」（1963年、オクラホマ大学出版会発行）によると、少なくとも31人の写真師がリンカンを撮影した。写真撮影の機会は少なくとも61回あった。そして、少なくとも133枚の写真が残っている（同書P.394）。リンカンは、彼以前のどの大統領よりも多くの写真に収まった。彼は、急速に普及した写真の歴史的価値を十分に理解していたと考えられる。
こうした統計の詳細を以下に《撮影写真師名（写真枚数）（撮影の機会）撮影場所》の順に記載する。
１．N.H.シェファード（1枚）（1度）イリノイ州スプリングフィールド【リンカン最初の写真。1846年、リンカンが37歳のときのもの】
２．アレグザンダー・ヘスラー（5枚）（2度）イリノイ州スプリングフィールドとシカゴ
３．アモン・ジョスリン（1枚）（1度）イリノイ州ダンビル
４．サミュエル・アルシュラー（2枚）（2度）イリノイ州アーバナとシカゴ
５．エイブラハム・ビアーズ（2枚）（1度）イリノイ州ビアーズタウン
６．フォン・シュネイダウ（1枚）（1度）イリノイ州シカゴ
７．プレストン・バトラー（11枚）（3度）イリノイ州スプリングフィールド
８．クリストファー・ジャーマン（5枚）（3度）イリノイ州スプリングフィールド
９．ペインター・ピアソン（１枚）（1度）イリノイ州マコム
10．キャルビン・ジャクソン（2枚）（1度）イリノイ州ピッツフィールド
11．ウィリアム・トンプソン（1枚）（1度）イリノイ州モンマス
12．ロデリック・コール（1枚）（1度）イリノイ州ペオリア
13．トマス・クリッドランド（1枚）（1度）オハイオ州デイトン
14．サミュエル・ファセット（1枚）（1度）イリノイ州シカゴ
15．マッシュー・ブレイディ（11枚）（3度）ニューヨークと首都ワシントン
16．トマス・ミーア（1枚）（1度）首都ワシントン
17．エドワード・バーンウェル（1枚）（1度）イリノイ州デカター
18．ウィリアム・マーシュ（5枚）（3度）イリノイ州スプリングフィールド
19．ジョセフ・ヒル（4枚）（1度）イリノイ州スプリングフィールド
20．ジョン・ウィップル（2枚）（1度）イリノイ州スプリングフィールド
21．ルイス・ウォーカー（1枚）（1度）首都ワシントン
22．ウィリアム・シービー（1枚）（1度）イリノイ州スプリングフィールド
23．デボーグ・リチャーズ（3枚）（1度）首都ワシントン
24．ウェンドロスとテーラー（2枚）（1度）首都ワシントン
25．アレグザンダー・ガードナー（30枚）（6度）首都ワシントンとメリーランド州アンティータム
26．エドワード・ビアスタッド（1枚）（1度）首都ワシントン
27．E.とH.T.アンソニー社（2枚）（1度）首都ワシントン
28．ウィリアム・スミス（１枚）（1度）首都ワシントン
29．ヘンリー・ワーレン（３枚）（1度）首都ワシントン
30．アンソニー・バーガー（13枚）（3度）首都ワシントン
31．ピエール・ヘイブンズ（1枚）（1度）バージニア州
上記以外に、（16枚）（13度）があり、これらは撮影者不明である。撮影場所は、首都ワシントン、イリノイ州スプリングフィールド、オハイオ州コロンバス、イリノイ州シカゴ、ニューヨーク州クライド、ペンシルベニア州ゲティズバーグとなっている。
なお、ジェレミア・ガーニーは1865年4月24日月曜日、ニューヨーク市において、納棺されたリンカンの遺体を２枚撮影している。
1864年1月8日金曜日、ワシントンにおいて、写真師ブレイディが撮影したリンカンの肖像写真。リンカンはこの写真について「私は自分のお気に入り肖像写真があるかどうか分からないが、もし私がこれまでに撮られた肖像写真のどれかに似ているとしたら、これが一番似ていると思った」と言った（オステンドルフ氏前掲書P.170）。
■若干の疑問
第11代ポークは、夫人と二人で写真に納まり、かつ、閣僚と共に写真に納まった最初の大統領であった。第12代テーラーと第15代ブキャナンも閣僚と共に撮った写真が残る。しかし、不思議なことにリンカンは、子息と一緒に写る写真はあるものの、メアリー夫人と二人で写真に納まることもなく、また、閣僚と一緒に写真に納まることもなかった。リンカンは写真の有用性を確信していたと思われるが、このことは何を物語っているのだろうか？
［参考］1860年8月8日、イリノイ州スプリングフィールドのリンカン邸にリンカンが共和党大統領候補となったことを祝う多くの支持者たちが集まった。このときの様子が撮影された写真には、リンカン（下の写真青丸内）とメアリー夫人（下の写真赤丸内）が別々の位置にいて写り込んでいる。
■第16代リンカンの最後の写真
何年もの間、リンカンの最後の写真は、暗殺の4日前1865年4月10日、首都ワシントンで写真師アレグザンダー・ガードナーにより撮影されたものとされてきた【下左の写真】。このときの写真は5態残っている。リンカン写真の蒐集研究家オステンドルフによる整理番号はO-114からO-118となっている。最近の研究では、この写真が撮影された期日は「1865年2月5日」である。
現在、リンカンの最後の写真とされるのは、1865年3月6日午後遅い時間に、ホワイトハウスのバルコニーにおいて写真師ヘンリー・ワーレンにより撮影されたものである。オステンドルフの整理番号はO-112【下中央の写真】とO-113【下右の写真】となっている。
【出典】ロイド・オステンドルフ氏著「写真で見るリンカン」（1963年、オクラホマ大学出版会発行）PP.219-231・PP.214-215。セシル・バードとワード・ムーア両氏編集「エイブラハム・リンカン リリー図書館所蔵の写真による歴史」（1997年、ドーバー出版社発行）P.86・P.89。
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【7】動かないで！大統領～初期の写真技術
揺籃期の写真機は露出時間が長かったので支柱で被写体の頭を支えて撮影していた。下右の第13代フィルモアの写真も足元後ろに支柱の台脚が見える。第23代ハリソンのものはこちらで、南北戦争で北軍に従軍中写真に納まったが、その足元にも台脚が見える。
【8】第21代アーサーの肖像写真
■第21代アーサーの肖像写真は、多くの書籍に左右が反転した写真（鏡像）が掲載されている。上衣の合わせを見れば反転写真か、正しい向きの写真（真の姿）かがわかる。第20代ガーフィールドの肖像写真も反転写真の掲載が多い。
以下は、サイトで公開されているアーサーの公式肖像写真6態（No.1, No.3, No.4, No.5, No.8, No.不詳）。撮影期日はNo.4の写真から「1882年4月19日」ころと推察される。
■侍衣装の第21代アーサーの肖像画はこちら。
【第3章】20世紀以降の大統領
【1】第26代ローズベルトの動画
Instagramにアップされている第26代ローズベルトのカラー化された動画はこちら。そしてこちらと、こちらも。
【2】現代の大統領の肖像事情
■第43代ブッシュ夫妻の肖像画披露
2012年５月31日、ホワイトハウスでブッシュ大統領夫妻を描いた肖像画の除幕式が行われた。
■第44代オバマ夫妻の肖像画披露
2022年9月7日、ホワイトハウスで第44代オバマとミシェル夫人の公式肖像画を披露する除幕式が第46代バイデン（オバマ大統領の副大統領を務めた）の主催で開かれた。第45代トランプは前例を破り前任のオバマ氏の肖像画の除幕式を行わなかった。
■3Dプリンターで第44代オバマの胸像完成
2014年12月、スミソニアン協会は、3Dプリンターでオバマ大統領の複数の胸像を制作し、ワシントンの協会本部で展示した。南カリフォルニア大学の専門家らがホワイトハウスでオバマ氏の顔の立体画像を高解像スキャンするなど、先端技術を駆使して作った。
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